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フランスの先生から、せん定を学びました!(第三回 Mur,Chicot)

フランスのロワール地方の機関であるSICAVACから、Emeline PITON先生をお招きし、せん定講習会を開催しました。管理人の備忘録を兼ねて、資料中のキーワードと、せん定の格言を紹介していきます。

(今回の和訳にあたっては、配布資料で紹介いたしました通訳を引き受けていただいた皆様のアドバイスを統合していることを申し添えます。)

 

(No3) Mur , Chicot : 「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」

Mur(ミュール)は「壁」という意味です。事前にPITON先生からいただいたパワーポイントの中で、一番管理人が気になっていたスライドで使われていました。というのも、壁1、壁2、、、ン?どういうことだろう?講演で説明を待つしかないな、と割り切って訳を書いておいたからです。今回、PITON先生の講演を聞いて、樹が傷口を自分でふさごうとしてつくるバリアーのようなものを指しているとわかり、納得しました。

枝を切るときは、樹液の流れを絶ちきらないように切ること、そうすればチロースという物質が切り口付近に充填され壁すなわちバリアーをつくり、病原菌の侵入や樹内部まで枯れていくことを防ぐそうです。

さてもう一つの Chicot (チコット)は今回「ホゾ」と訳しましたが、皆さんの中には「出べそ切り」と言った方がわかる方もおられるでしょう。前述の壁を上手く作るには、枝を切るときにすりきりでなくホゾを残さなければならない、しかも枝や幹の太さに応じた法則を守りホゾの長さを確保するように切ること、と教えていただきました。

ところで、複数の会場において「すりきりで切って塗布剤を塗っているが、保護できるか?」と質問がありました。答えは「ノン」、「色々塗布剤なども試験したが、現状最も保護できるのは切り方の法則を守ること」とのことで、皆さん衝撃を受けていました。

それで思い出したのが、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」というせん定の格言です。管理人は30年前の駆け出しの頃に先輩技術者からそれを教わり、文字通り梅はどんどん枝を切っていいが桜(果樹では、さくらんぼ)はなるべく切ってはいけない、位の意味と思っていました。しかし15年ほど経験を重ねてきた後、この格言は「果樹では品目によって、せん定時に切る位置、切る量、切り口の角度に原則がある」が真意だと気づきました。

梅は確かに枝が発生しやすく混み合って光が当たらない枝は枯れてしまうので思いきって切るべきですが、果実を実らせるのが目的なので切りすぎないようコツが必要です。さくらんぼは、せん定が原因で樹勢の衰弱や枯死もあり得ますが、水平の切り口を作らないこと、切る総量を一定以下にすることなど「やってはいけないこと」を守れば、意外にも切り口のゆ合が良い果樹です。(ゆ合とは、切り口の形成層から細胞分裂が行われカルスができ、それにより切り口がふさがれる現象です)

では、ぶどうはどんな原則があるのか?他果樹と決定的に違うのは、切り口のゆ合がほとんど見られないことです。太い枝に小さめの切り口を作って数年たつと、外観上は傷口がふさがったように見えることもありますが、良く見ると切り口の形成層からカルスができているのでなく、「切り口の周辺の枝が太って、ふさいだように見える」ことが分かるでしょう。また、太い枝を切った所やコルドンのように毎年短く切ることを繰り返す部分は、切り口がふさがらずむき出しになっていることがわかると思います。だからこそ、壁が上手くできるようホゾを残して切ることが必要なのです。

さて、ここまで読んでくださった方の中には、「日本で長く作られてきたぶどうの平棚の仕立てでは、どんな配慮がされてきたのか?」と知りたい人がおられるかもしれません。管理人の浅い経験では、「壁をつくる発想は無かったが、ホゾは一部で意識してきた」といったところでしょうか。その理由は、平棚は若木時代に「拡大させる」ことが重要なので、そもそも切り口は、数が相対的に少なくしかも小さめ、という仕立て方法だからだと思います。ホゾを意識するのは、成木になってやむを得ず太い枝を切るとき、短梢せん定で結果母枝を切り詰める時、などであり、経験の中から得られた対策だと思われます。

これに対して垣根のギュヨ仕立ては、早ければ3~4年生樹で隣とぶつかり「限られたスペースで維持する」せん定が行われます。結果的にせん定で大きな切り口をつくらざるを得ない仕立て方法で、せん定が樹に与えるダメージがどうしても大きくなりやすいと思います。だからこそ、フランスの長い歴史の中でゴブレ仕立ての方が枯死が少ないと気づき、その理由を現場で追求し試行錯誤してきた結果、今回教えていただいた理論構築がされたのでしょう。

あるワイナリーの方が、「今回は垣根仕立てのせん定だったが、若木のうちは平棚でも同じ注意を払うべきと思う」とおっしゃっていましたが、その通りだと思います。